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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10369号 判決

主文

一  甲事件について

原告甲野一郎の請求をいずれも棄却する。

二  乙事件について

1  原告甲野一郎の遺言無効確認の訴えを却下する。

2  原告甲野松子及び同乙山梅子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は甲・乙事件を通じ原告らの負担とする。

理由

(甲事件について)

一  主位的請求について

1  主位的請求原因1の(一)のうち、太郎が本件土地を所有していたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、原告一郎主張の贈与の有無について検討する。

原告松子は、その本人尋問において、昭和五五年二月頃、別紙第一物件目録四記載の建物(以下「太郎建物」という。)の登記名義を太郎と原告一郎の共有から太郎の単独所有に変更するに際し、太郎から、「本件土地はお前たちにやるから、もう地代は払わないでいい」、「大事にしまつておきなさい」と言われて、地代の領収証を渡された旨供述し、原告一郎も、《証拠略》において、同じ頃、太郎から同様の趣旨のことを言われた旨陳述ないし供述している。

しかしながら、

(一) 太郎は、司法書士の資格を有していたのに、本件土地について、贈与を明らかにする書面を一切作成しておらず、所有権移転の登記もしていないし、まして、当時、本件土地は、分筆前の《番地略》の土地の一部であつたのに、贈与する土地の範囲を明確にするための図面等も作成していないこと、

(二) 原告松子は、贈与の理由として、太郎建物の登記名義を太郎の単独所有に変える代わりに本件土地をくれたという意味もあつた旨供述するが、原告一郎の供述によると、登記名義は一年位したらまた元へ戻すという約束で、太郎の単独名義にすることを承諾したというのであり、原告松子の言い分とは矛盾していること、

(三) そもそも、太郎建物は、昭和四八年一〇月に太郎夫婦の居住用として建築されたものであるが、太郎が高齢のため、その建築資金を原告一郎の名義で借り入れたことから、太郎と原告一郎の共有の登記がされたもので、その後、借入金は太郎が毎月分割して返済し、昭和五五年二月一日には借入残額全部を太郎が一括返済したものであるから、太郎の単独所有登記に変えるのはいわば当然であつて、太郎がそのことに負い目を感じて見返りに本件土地を贈与することにしたとは考えにくいこと、

(四) 原告松子の原告竹子宛の手紙によると、太郎建物の所有名義を太郎の単独所有に変えることに対する不満を述べているが、本件土地の贈与を受けたことについては全く触れられていないこと、

などに照らすと、贈与があつたとするには不自然な点が多く、冒頭掲記の各供述ないし陳述はいずれもたやすく措信することができず、他に本件全証拠を検討しても、原告一郎主張の贈与の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  次に時効取得の主張について判断するに、《証拠略》によれば、原告一郎が本件土地上に新建物を所有して本件土地を占有していることは認められるが、しかし、原告一郎の右占有は、後記認定のとおり、太郎から無償でその使用を許されたことに基づくものであるから、所有の意思に基づくものということはできず、したがつて、その余の点について判断するまでもなく、本件土地所有権の時効取得の主張は理由がない。

3  そうすると、原告一郎の本件土地に対する所有権はこれを認めることができないから、右所有権に基づく本件主位的請求はすべて理由がないことに帰する。

二  予備的請求について

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告一郎と同松子は、昭和三一年一一月に結婚し(婚姻の届出は同年一二月三日)、太郎夫婦の住まいと地続きの本件土地上にあつた太郎所有の旧建物に住むこととなつた。その後、太郎と原告一郎は、旧建物について三二万円で売買し、代金を昭和四〇年五月まで五五か月の月賦で支払うとの内容の昭和三五年一〇月五日付け建物売買契約書を作成したうえ、更に昭和四〇年六月一一日には右契約書と同一の内容による売買契約公正証書を作成している。そして、右契約書及び公正証書には、旧建物の敷地二五坪の賃料を一か月三〇〇円とする旨の条項がある。

(二) 昭和四〇年八月、原告一郎は、太郎の了解を得て、旧建物を取り壊し跡地に新建物を新築した(旧建物を取り壊し新建物を新築したことは当事者間に争いがない。)。原告一郎は、太郎の了解を得るに際し、新建物の二階の一部屋を太郎夫婦の利用に供する旨申し出たところ、しばらくの間は、太郎が公認会計士試験の受験勉強のために使用していたが、昭和四九年頃から、太郎が使わなくなり、他人に間貸しすることになつたので、その頃から、原告一郎は、右間貸しによる収入の一万円を太郎に支払うようになつた。なお、右の支払いは、原告松子が行つており、原告一郎は詳細を承知していない。

(三) その後、昭和五〇年頃から、原告松子が太郎の仕事を手伝つて得る報酬五万円から月々一万円ずつが差し引かれていたが、昭和五六年初め頃から原告松子が太郎の手伝いをしなくなり、一万円の差し引きもされなくなつた。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断略》

2  右認定したように、原告一郎と太郎との間には、敷地の地代を月額三〇〇円とする旨の条項を含む旧建物の売買に関する契約書及び公正証書が存在するが、しかし、<1>原告一郎及び同松子の供述によれば、太郎は、原告松子を大変に可愛がり、原告松子夫婦を自分のそばに住まわせることを強く希望していたというのであり、そのような太郎が持家を月賦で売却し、地代を支払わせるというのは通常考えにくいこと、<2>原告一郎が売買代金を完済し終わつた時期である昭和四〇年六月になつて(《証拠略》によれば、売買代金は約束どおり月賦で完済したというのである。)、わざわざ公正証書を作成しているのは不自然であつて、何らかの理由でそのような旧建物の売買に関する書類を整える必要があつたのではないかとの疑いを払拭できないこと、<3>旧建物の売買代金や月額三〇〇円の地代の支払いが実際にされたことを窺わせる資料が全く存在しないこと、<4>昭和四〇年の新建物の新築後も、太郎に部屋の一部を使用させたということはあつたが、地代という形での支払いはされていないこと、<5>昭和四九年頃以降の一万円の支払いも、太郎に使用を認めた部屋を他に間貸ししたことによる収入を支払うということから始まつたもので、土地の使用対価としての地代という認識で授受されたものといえるか疑問があること(単なる謝礼という可能性も否定できない。)、<6>借地の範囲について、前記の契約書及び公正証書には敷地二五坪と記載されており、また、原告一郎の本訴における主張では、昭和五二年の増築時に借地範囲を拡張する合意をしたとしているが、本人尋問においては、原告一郎も同松子も、住み始めた当初から現在の範囲(約三三坪)であつて、途中から借地の範囲を増やしたわけではない旨供述しており、主張等と供述との間に一貫性がなく、果たして当事者間に借地範囲についての明確な合意があつたかどうかも疑問であることに加え、<7>賃貸借契約書も作成されていないことなどからすると、本件賃貸借が成立したとするには疑問があるといわざるをえない。

3  《証拠略》中には、太郎から本件土地を賃借していた旨の記載及び供述部分があるが、前記検討したところに照らしたやすく措信することができないし、また、原告松子が太郎から手渡されたと供述する地代領収証には、昭和五二年一月分から昭和五五年六月分まで、毎年二回半年ごとに六万円ずつの支払いがあつたことになつているが、地代の領収証を何故貸主の太郎が所持していたのか疑問があるし、その記載も鉛筆書きをなぞつていることや押捺された判の位置が均一であるなど、同一の時期に一括して作成された疑いがあるほか、内容的にも、毎月支払つていたという原告一郎や同松子の供述とも矛盾しているなど、不自然な点があり、右領収証は、本件賃貸借の存在を裏付ける資料とはなりえないというべきである。

4  以上検討したとおり、本件全証拠によつても本件賃貸借の成立を適確に認めることはできず、むしろ、原告一郎の本件土地の使用は、太郎が、娘夫婦のために、いわば親子の情誼関係に基づいて許諾した無償の使用賃借関係によるものとみるのが自然であり相当である。

したがつて、原告一郎の予備的請求も理由がない。

三  以上のとおりであつて、原告一郎の主位的及び予備的請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである。

(乙事件について)

一  遺言無効確認請求について

1  まず、原告一郎の訴えについて、職権をもつて判断するに、原告一郎は太郎の相続人ではなく、本件遺言の有効無効によつてその権利義務にいかなる影響があるのか明らかでない。あるいは、本件土地の所有者として本件遺言の無効確認を求める趣旨とも解されるが、そのような立場に基づいて本件遺言の無効確認を求める法律上の利益を基礎づけることができるかどうかはさておき、既に甲事件について判断したとおり、原告一郎の本件土地に対する所有権は認められないから、結局、原告一郎には、本件遺言の無効確認を求める法律上の利益がなく、同原告の本件訴えは不適法として却下すべきである。

2  請求原因1の(二)、同2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

原告松子及び同梅子は、本件遺言当時、太郎には遺言能力(意思能力)がなかつたから、本件遺言は無効であると主張するので、この点について検討するに、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 太郎は明治三八年一月二八日生まれで、本件遺言当時(昭和五八年一二月五日)、七八才の高齢であり、昭和五八年四月二六日から同年七月九日まで、脳梗塞により大蔵省印刷局東京病院に入院していた。右の入院は、二回目の脳梗塞の発作によるもので、入院時は、右片麻痺、言語障害がみられた。

(二) 入院中の同年五月六日実施された数字・絵カードテストでの正答率は六割位であり、その後、日によつて好不調の波があつたが、同月二〇日には、一から一〇の数字カードを小さい方から並べることはできたものの、物を示してその名を言わせても一致しないことがあつた。五月下旬には、アイウエオの発語がどうにかできるようになり、やがて六月に入ると、理解力は大分よくなつて、テレビを見るようにもなつた。六月下旬には、前より反応がよく、かつ早くなり、七月二日には、検温表を見せたら多くの人の名前の中から自分の名前を指さすことができるようになつた。「オハヨウ」は言えるが「アイウエオ」は若干聞き取りにくい状態で、言語障害の方のめざましい回復はなかつたが、判断力についてはかなり改善をみるに至つて、七月九日退院した。

(三) 太郎は、退院後も、二週間に一回ずつ定期的に外来通院を続けていたが、病状は安定し、右片麻痺や言語障害も少しずつ改善していつた。口述能力は不十分であつても、「うん」、「はい」、「いや」などの発語はあり、カルテの一一月二日欄には「反応ヨシ(問いかけによくうなづく)」との記載があり、また、昭和五九年一月二〇日欄には、「ニコニコして機嫌良」と記載されている。太郎の診療を担当していた医師である吉田健は、所見として、当時、太郎は正しい判断力をもつていたとしている。

右認定したところからすれば、太郎は、本件遺言当時、財産の全部を妻に相続させることを内容とする遺言をする程度の理解力、判断力は十分有していたものと認めることができる。

原告松子及び同一郎は、本人尋問あるいは陳述書において、昭和五八年一二月頃、太郎は会話を理解し判断して返答することができない状態であつた旨供述しているが、前記カルテ等の記載に照らしたやすく措信することができない。また、《証拠略》には、「痴呆が恐らく存在したのではないかと考えるが、断定はできない。」とか、「痴呆の存在が否定できない」との記述があるが、いずれも当時実際に太郎を直接診察していたわけではなく、前記認定の事実に照らし採用することができない。

したがつて、遺言能力(意思能力)を欠いていたことを理由に本件遺言の無効をいう原告松子らの主張は理由がない。

2  次に、原告松子及び同梅子は、本件遺言公正証書の作成過程に方式違反の瑕疵がある旨主張する。

《証拠略》によれば、太郎は、昭和五八年七月の退院後、毎日自宅で発声の訓練をしており、はつきりは分からないが、妻の花子との間では通じ合つていたこと、太郎の指示で、花子が公証人や証人の手配をしたこと、本件遺言の当日は、公証人、証人の乙野秋夫(以下「乙野」という。)、花子の弟の戊田夏夫が太郎の自宅に集まつたが、公証人から、証人として戊田夏夫でなく別の人をたてるように言われ、花子が近所の甲田春子(以下「甲田」という。)に依頼して来てもらつたこと、遺言は、太郎の部屋で、公証人、証人の乙野と甲田、花子の弟の戊田夏夫が立ち会つて行われ、花子は利害関係があるとして公証人から同席を拒否されたこと、公証人としては、当時の具体的な記憶はないが、一般に、遺言者の言つていることの意味が不明のような状態で遺言公正証書を作成したことはなかつたし、証人の立ち会いや読み聞かせなどを欠いたことはなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、当時、太郎の発語能力が不十分であつたことは窺われるが、財産の全部を妻に相続させるという趣旨のことは、公証人においてその意味を理解できる程度には口述することができたものと推認することができるし、証人の立会い、遺言内容の読み聞かせ、遺言の正確性の承認といつた遺言公正証書の作成過程に特段の瑕疵があつたとも認められないというべきである。

ところで、原告一郎は、陳述書において、甲田及び乙野が太郎は遺言時に一言も言葉を発しなかつたと言つていると述べ、また、原告松子も、甲田から、立ち会つたのは五分位のものであり、太郎は一言もしやべらなかつたと聞いた旨供述しているが、甲田は、当裁判所において証人として尋問することを決定し、呼出をしたにもかかわらず、理由なく裁判所に出頭しないものであるし、乙野もまた証人として出廷しない旨を強く意思表明しているというのであつて、仮に同人らがそのような発言をしているとしても、にわかに措信することはできず、前記認定を左右するものではない。なお、甲第二三号証(甲田と原告ら訴訟代理人との電話での応答)及び甲第二四号証(乙野と原告ら訴訟代理人との電話で応答)も、全般にその応答内容に曖昧な点が多く、到底採用することができない。

3  そうすると、本件遺言は有効であり、その無効であることの確認を求める原告松子及び同梅子の本件請求は理由がない。

二  原告松子及び同梅子の持分確認請求について

1  本件遺言が有効であることは前示のとおりであるから、その無効を前提として別紙第一物件目録一、二記載の土地、同四記載の建物につき各六分の一の共有持分を有することの確認を求める請求は、その前提を欠き理由がない。

ところで、原告松子及び同梅子は、別紙第一物件目録二記載の土地の持分三分の一について、平成元年五月二六日に太郎から被告花子へされた贈与は、太郎に意思能力がなく無効であるから、依然として太郎の遺産に属する旨主張するが、《証拠略》によれば、当時、太郎が意思能力を欠く状態にあつたとはいえず、原告松子らの右主張は失当である(なお、仮に右贈与が無効であつたとしても、太郎は本件遺言により財産全部を被告花子に相続させることとしているから、結局、右持分三分の一も被告花子が取得することになり、原告松子らの右主張は理由がないことに帰する。)。

2  次に、原告松子及び同梅子は、別紙第二物件目録記載の土地について、昭和六二年二月一六日付けの丁原春夫との売買は、太郎に意思能力がなく無効であるから、依然として太郎の遺産に属するものとして、原告松子らが各六分の一の共有持分を有することの確認を求めている。売買の当事者でない被告らを相手にこのような確認を求める利益があるか問題であるが、その点はさておき、《証拠略》によれば、右売買の当時、太郎が意思能力を欠く状態にあつたとはいえないのであつて、右売買が無効であるとはいえず、原告松子らの右請求は理由のないことが明らかである。

三  登記の抹消請求について

原告松子及び同梅子の請求は、要するに、本件遺言の無効及び被告花子への生前贈与の無効を前提に、別紙物件目録第一記載の土地建物についての法定相続分各六分の一の共有部分に基づき、被告花子の各登記の全部抹消を求めるものである。しかし、被告花子の相続登記については、本来は、その更正登記を求めるのが正当と思料するが、その点はさておき、既に検討したとおり、本件遺言及び右生前贈与はいずれも有効であるから、原告松子らは、右土地建物について共有持分を有するものではなく、したがつて、右請求は理由がないことに帰する。

(結論)

以上のとおりであつて、原告一郎の甲事件請求はいずれも理由がないから棄却し、また、原告一郎、同松子及び同梅子の乙事件請求のうち、原告一郎の遺言無効確認の訴えは不適法であるから却下し、原告松子及び同梅子の請求はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤久夫)

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